※この記事は、私個人の体験と感じたことを書いています。同じ手術でも、経過や痛みの感じ方は人それぞれ違います。
手術当日は、想像していた以上に痛く、私はすぐに後悔しました。
ですが、その夜に「痛みのピークは48時間」と聞けたことで、気持ちをつなぐことができました。
9:30 手術開始
終わったのはお昼頃だったようです。
全身麻酔から目が覚めて、部屋に運ばれたあと、はじめて「痛み」をはっきり感じました。
今までに経験したことのない、鈍く重い痛みでした。
耐えられない、と感じました。
わりと最近帝王切開の経験をした自分でも、今回は想像以上でした。
痛みを感じた瞬間、絶望しました。
「こ…この痛みなのか…無理だ…今更だけど、無理だ…」
吐き気と身動きの取れなさ
血栓予防のポンプを両足につけていました。
HTO(高位脛骨骨切り術)を受けた人は翌日までつけるそうで、身動きが取れずつらかったです。
手術前に背中に入れた硬膜外麻酔は、自動で鎮痛剤が入る仕組みでした。
それでも痛みが強いときは、自分でボタンを押して追加できると言われていました。
ただし、一度押すと30分は追加できません。
痛みが強く、ボタンを押しました。
すると突然、吐き気がしました。
「きもちわるい、きもちわるい、おえ、おえ、起きたい、起きたい」
でも、両足のポンプや点滴、麻酔の管がつながっていて、身動きが取れません。
なんとか体を横にひねり、うーうー声を出していると少し楽になりました。
前日の夕食を最後に食事をしていなかったので、吐くものはありませんでした。
しばらくすると落ち着いて、また眠りました。
16時ごろ
何度も寝たり起きたりを繰り返し、ようやくスマホを取ってもらって時刻を見ると16時頃でした。
家族や友人からLINEが何件か来ていました。
「頑張ってね」
「終わったかな?」
手術前の私は、「手術終わったよ〜☆」と返せると思っていました。
でも、あまりにも過酷な現状に言葉を失い、返信ができませんでした。
昨日に戻りたい。
判断を間違えたのか。
半月板の縫合だけでよかったのではないか。
そんなことを考えながら、麻酔の影響なのか、現実逃避なのか、ただ寝て起きてを繰り返しました。
今は寝るしかない。
何もできない。
痛いだけ。
「いたい、いたい。耐えたくない。」
「いつまで痛いんですか?」と聞いても、
「大きな手術をしたからね」
「骨を切っているからね」
と、具体的な時間は教えてもらえませんでした。
18時ごろ
食欲はありませんでしたが、夕食が出ると体を起こして食べることができました。
痛みはつらい。
でも、食べられるんだ。
こんなときでも、ちゃんと美味しかったです。
ピークは「48時間」?
夜にもう一度聞きました。
「いつまで痛いんですか? 想像以上の痛みだったんです。つらくて…」
すると初めて、
「痛みのピークは48時間と言われているよ」
と、具体的な時間を教えてもらいました。
その言葉は、とても強い糧になりました。
まずは48時間を耐えよう。
そう思いました。
痛みはずっとあるのですが、ときどきさらに強い波のように襲ってきました。
「痛みは耐えなくていい」
と自分に言い聞かせて、遠慮なく看護師さんを呼びました。
痛みを訴えると、いくつか種類の違う痛み止めを点滴で入れてくれました。
ただ、痛み止めはすぐには効かず、完全に痛みが消えるわけでもありませんでした。
次の痛みの波が来たときに、ああ、それまでは少し効いていたのだと気づく。
そんな時間の流れでした。
私は痛み止めや硬膜外麻酔が効きにくいほうだったようです。
1週間や2週間、いや、もっと長く、この痛みを抱えて過ごすのだと思いました。
48時間後にはどれだけ和らぐのだろう。
想像はできませんでした。
でも、ずっとは続かない。
それだけを信じていました。
消灯後
消灯時間の21時以降も、寝たり起きたりを繰り返しました。
目覚めたときに痛みが強ければ痛み止めの点滴をしてもらい、また眠りました。
自分がどんな手術をしたのか。
本当に必要だったのか。
とんでもないことをしてしまったのではないか。
良くなるための手術を選んだ、ということを何度も見失いかけました。
あの日の私は、この痛みがずっと続くように感じていました。
でも、続きませんでした。
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半月板縫合術と高位脛骨骨切り術②|私はこうして手術を受け入れた
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