※この記事は、私個人の体験と感じたことを書いています。同じ手術でも経過や痛みの感じ方は人それぞれ違います。
術後1日目の朝、昨日から痛みも不安もひたすら続いていました。
でもこの日の夜、気持ちが少しずつ前を向いてきたことを自覚します。
6時
朝になっても、痛みも状態もほとんど変わっていないと感じました。
このままずっと続くのではないか、いつまで続くのだろうと思いました。
足にはふくらはぎまでの血栓予防の圧迫ポンプをつけていたので、ずっと仰向けで寝ていなければならず、それもしんどさの一つでした。
痛みがひどく、後悔が続いていました。
私にとっては、やってはいけない手術だったのではないか。
そんな考えが頭の中をぐるぐる回っていました。
9時
術後初めての回診です。
手術時に助手として同席していた先生が来てくれました。
「半月板はボロボロでした」
そう言われ、プレートとボルトが入った脚のレントゲンを見せてもらいました。
痛いわけです。
骨にしっかりとボルトが入っているのが見え、ここが人工骨ですね、と説明されました。
「何か気になることはありますか」と聞かれると、その場では頭が真っ白になってしまいました。
回診が終わると、あとから疑問が浮かび始めます。
「無事に終わった」という言葉がなかったことに気づいて、不安になりました。
気になっていることや聞きたいことは、メモしておくようにしました。
回診のあと、血栓予防のポンプを外されました。
14時
寝ては起きてを繰り返しながら、14時を迎え、初めてのリハビリが始まりました。
車椅子でリハビリ室に移動するとのことでしたが、ベッドから車椅子に移るなんてことができるのだろうか、と不安でした。
……できました。
振り返ると、この車椅子に乗った瞬間が、回復への第一歩だったのだと思います。
車椅子で部屋を出ると、明るくて、院内なのに“外”のように感じました。
とても気持ちがよかったです。
まだ昨日手術をしたばかりなのに、何日も部屋に閉じこもっていたようでした。
体の痛みで身動きも取れず、不安のなかにいたので、気持ちも内側に向いてしまっていたのだと思います。
この日のリハビリは、理学療法士さんとのご挨拶のような時間でした。
ほんの少しだけ、リハビリらしいこともしました。
足のマッサージ、90度の曲げ伸ばし、太ももの筋トレ、平行棒を使った片足での歩行練習。
右足で立つときにガクンと崩れ落ちそうになり、ほとんど腕の力で支えていました。
どんな動きもとても緊張しました。
でも、硬膜外麻酔とロキソニンのおかげなのか、痛みは思ったよりありませんでした。
左足を下ろして歩く練習が始まったら、痛みはどうなるのだろう。
骨が痛むのか、膝が痛むのか。
この先、今よりもっとつらいことが起こるかもしれない。
その覚悟をしなければいけない、と思いました。
理学療法士さんは、この日、今後のリハビリの目安を書いたメモを渡してくれました。
この時は、本当にそんなふうに回復していけるのか信じられない気持ちでした。
退院予定日の見直し
手術の前、私は小さな子供がいるため、
「1週間で退院したい」
と先生に相談していました。
すると先生は、
「最低でも通常2週間の入院が必要な手術」
「膝は大事にするほうがいい」
と前置きしたうえで、
「退院できないことはない」
と言ってくれました。
私はその言葉を、
「1週間で退院できる」
という意味で受け取り、手術に踏み切ったのでした。
でも、実際に手術をしてみると、この大きな痛みと不自由さを前にして、1週間での退院は無理だろう、と考え始めていました。
回復を優先するべきだと思いました。
手術は予定通りだったのか
朝の回診で「無事に終わった」という言葉がなかったことを確認したいと思いました。
手術は想定通りに終わったのだろうか。
成功したのだろうか。
半月板はきれいに縫合できたのだろうか。
看護師さんに聞いてみると、その後すぐに先生が来て、半月板の写真を見せてくれました。
こういう状態だったものを、こういうふうに縫合して、こうなりました。
なんとか縫合して、手術は予定通りに進みました。
そう説明してくれました。
安心しました。
骨切りについても、内側に荷重がかかっていたのは明らかだったこと、半月板が切れていたことを踏まえると、これがベストだったという見解を改めて話してくれました。
そうか。
これでよかったのか。
術後ずっと一人で、この手術は本当に正解だったのか、しないほうがよかったのではないか、と考え続けていました。
すでに終えてしまった手術を後悔するのは、とてもつらかったです。
先生の説明を聞いて、突然「これでよかったんだ」と安心することができました。
先生にきちんと説明をしてもらうこと、先生の見解を改めて示してもらうことは、とても大事でした。
夕方から夜
硬膜外麻酔は夕方に残量がなくなったようでした。
効き目が切れてくると右足は動かしやすくなりましたが、左脚の痛みがとても心配でした。
痛みを事前に察知するのは難しく、
「あれ、痛むかも」
と気づいた時にはもう顔が歪むほど痛くて身動きが取れません。
そこで看護師さんを呼び、点滴を始めてもらっても、効き目が出るまでの時間がつらかったです。
尿管を外すかどうか聞かれましたが、何度もお手洗いに行くのはまだ大変だと思い、そのままにしてもらいました。
便意がきたらどうしよう、トイレに行けるのだろうか、という不安もありました。
夜は何度も目覚め、痛み止めの点滴をしてもらいながら寝ました。
かかとがベッドに当たり続けて痛みがあり、くるぶしのあたりにタオルを挟んで、かかとを浮かせるようにしました。
アイシングに使っている氷嚢も、押さえていないと膝から滑り落ちてしまうので、タオルで足に巻いたりしました。
そうやって、自分で少しずつ工夫をし始めていることに気づきました。
少しだけ余裕が出てきたのかもしれません。
翌日は両親が面会に来たいと言っていましたが、それは断ることにしました。
お見舞いなのに、それをありがたいと思えるような余裕がありませんでした。
「大丈夫だよ」
「リハビリ頑張るね」
そんな言葉も、まだ言えそうにありませんでした。
ただ、この日の夜、
「やらなければよかった」
という気持ちから、
「やっちまったんだから、もう頑張るしかねぇ」
に変わっていました。
手術当日は寝たきりで、ただ一人痛みに耐えるだけの時間でした。
でもこの日、外の人とつながり、リハビリという課題ができたことで、折れた心が少しずつ立ち直り始めていたのだと思います。
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半月板縫合術と高位脛骨骨切り術③手術当日
シリーズ一覧
- 高位脛骨骨切り術と半月板縫合 ①はじめに
- 高位脛骨骨切り術と半月板縫合 ②私はこうして手術を受け入れた
- 高位脛骨骨切り術と半月板縫合 ③手術当日
- 高位脛骨骨切り術と半月板縫合 ④術後1日目
- 高位脛骨骨切り術と半月板縫合 ⑤術後2日目
- 高位脛骨骨切り術と半月板縫合 ⑥退院までのおおまかな流れ
- 高位脛骨骨切り術と半月板縫合 ⑦術後1ヶ月|退院後はどのくらい動ける?
- 高位脛骨骨切り術と半月板縫合 ⑧術後2ヶ月|周りには治ったように見えても、まだきつかった話
- 高位脛骨骨切り術と半月板縫合 ⑨術後2ヶ月|突然傷口が膿み、縫合糸膿瘍だった話
- 高位脛骨骨切り術と半月板縫合⑩術後3ヶ月|膝を守る時期から使う時期へ
- 高位脛骨骨切り術と半月板縫合⑪術後4ヶ月|日常生活は格段に楽になったけれどまだ走れなかった頃
- 高位脛骨骨切り術と半月板縫合⑫術後4カ月|水泳ができるようになった話


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