半月板縫合術と高位脛骨骨切り術④|術後1日目

HTO体験記

(※この記事は、私個人の体験と感じたことを書いています。同じ手術でも経過や痛みの感じ方は人それぞれ違います。)

術後から痛みは続き、不安と疑念と絶望のトンネルにいましたが、予想より早く、この日の夜に出口が見えてきました。

6時

入院中はぐっすり眠れることはなく、電気がつく頃にはいつもすでに起きていました。

足には、ふくらはぎまでの血栓予防の圧迫ポンプをつけていたので、ずっと仰向けで寝ていてつらかったです。

昨日から続いている今日。
痛みや状態には何も変化がなく、この状態が永遠に続くかのように思えました。

痛みがひどく、同時に後悔も止まりません。

私にとっては、やってはいけない手術だったのではないか。
実験体のように扱われたのではないか。
そんな被害妄想のような考えまで浮かんできました。

こんなに痛みがあるということを事前に具体的にもっともっとリアルに知りたかったと出産のときも思ったものです。

9時

術後初めて先生が回診に来ました。
執刀してくださった先生は、手術時に助手として同席していた先生でした。

手術の話を聞きました。

「半月板はボロボロでした」

そう言われ、プレートとボルトが入った脚のレントゲンを見せてもらいました。

こりゃ痛いわけだ。

骨にしっかりとボルトが入っているのが見え、ここが人工骨ですね、と説明されました。

特に今、私の体に問題はないそうでした。

でも私は、どこかぼんやりと不安でした。
「無事に終わった」という言葉がなかったことも、少し引っかかっていました。

回診のあと、血栓予防のポンプを外され、脚が自由になりましたが、あると身動きが取れずつらいのに固定されていないとそれも不安でした。

14時

寝ては起きてを繰り返しながら、14時を迎え、初めてのリハビリが始まりました。

車椅子でリハビリ室に移動するとのことでしたが、ベッドから車椅子に移るなんてことができるのだろうか、と不安でした。

……できました。

この時はまだ、先の見えない長いトンネルの中にいるようでした。
でも振り返ると、この車椅子に乗った瞬間が、回復への第一歩だったのだと思います。

車椅子で部屋を出ると、明るくて、院内なのに“外”のように感じました。
とても気持ちがよかったです。

まだ昨日手術をしたばかりなのに、何日も部屋に閉じこもっていたようでした。

たった一日ですが、24時間以上、後悔と痛みで気持ちが塞ぎ込む時間はとても長く感じました。
でも、ずっとは続かないのです。

この日のリハビリは理学療法士さんとのご挨拶のような時間でした。
ほんの少しだけ、リハビリらしいこともしました。

足のマッサージ、90度の曲げ伸ばし、太ももの筋トレ、ポールを使った片足での歩行練習。

右足で立つときにガクンと崩れ落ちそうになり、ほとんど腕の力で支えていました。

どんな動きもとても緊張しました。
でも、硬膜外麻酔とロキソニンのおかげなのか、痛みは思ったよりありませんでした。

左足を下ろして歩く練習が始まったら、痛みはどうなるのだろう。
骨が痛むのか、膝が痛むのか。
この先、今よりもっとつらいことが起こるかもしれない。
その覚悟をしなければいけない、と思いました。

担当の理学療法士さんは女性で、とても優しい方でした。
それだけでも安心しました。

理学療法士さんが私のリハビリスケジュールの目安をメモにして渡してくれました。

私のリハビリスケジュールの目安

※これは私が説明を受けたリハビリの目安です。手術内容や経過によって指示は異なると思うので、実際には主治医や理学療法士さんの指示を優先してください。

  • 術後1週ごろから半荷重OK
  • 術後2週ごろから全荷重OK
  • 術後4週ごろから非荷重で深屈曲OK
  • 術後8週ごろからハーフスクワット、エアロバイク
  • 術後12週ごろから荷重位で膝深屈曲OK(しゃがみこみOK)

この時は本当にこんなことができるようになるのか信じられない気持ちでした。

退院予定日の見直し

1時間のリハビリを終えて部屋に戻ると、また考え事を始めました。

私には5歳と1歳の子供がいるため、
「1週間で退院したいんです」
と相談していたのです。

すると先生は、
「最低でも通常2週間の入院が必要な手術」
「膝は大事にするほうがいい」
と前置きしたうえで、
「退院できないことはない」
と言ってくれました。

私はそれを聞いて、
「よし、1週間で退院できるぞ!」
と歓喜して、手術に踏み切ったのでした。

前項でも書きましたが、私は1年半前に帝王切開で出産をしていて、術後翌日には歩行練習が始まり、5日後に退院し、そのまま二人のワンオペ育児をしていました。
だから今回も乗り越えられると、どこかで思っていたのです。

でも、その自信は術後にみるみるしぼんでいきました。
1週間での退院は無理だろう、と気づき始めていました。

看護師さんたちは入院時から、
「え? 小さいお子さんがいるのに1週間で退院? 大丈夫?」
「無理だと思うよ」
「1か月くらい入院する人もいるよ」
「2週間でも早い方だよ」
と心配してくれていました。

でも、まだ昨日手術をしたばかり。
この時は本当にこの先どうなっていくのか全く分かりませんでした。

どんな手術だったのか?しっかり確認しよう!

もう一つ、朝の回診の内容を思い出して、気になっていたことがありました。

「無事に終わった」という言葉がなかったことです。

手術は想定通りに終わったのだろうか。
成功したのだろうか。
「半月板はボロボロだった」という言葉が引っかかっていました。

もしかして切除されたのではないか。
半月板は切除してしまうと、将来的に人工関節になるリスクが高まると聞いていました。
手術前の診察でも、私は何度も
「縫合できますよね」
と確認していたのです。

看護師さんに聞いてみると、その後すぐに先生が来て、半月板の写真を見せてくれました。

こういう状態だったものを、こういうふうに縫合して、こうなりました。
なんとか縫合して、手術は予定通りに進みました。

そう説明してくれました。

安心しました。

骨切りについても、
内側に荷重がかかっていたのは明らかだったこと、半月板が切れていたことを踏まえると、これがベストだったという見解を話してくれました。

そうか。
これでよかったのか。

術後ずっと一人で、
この手術は本当に正解だったのか、
しないほうがよかったのではないか、
考え続けていました。

すでに終えてしまった手術を後悔するのは、とてもつらかったです。

しないほうがよかったのではないか。
時間を戻せるなら、この手術はしない。
そこまで思っていたのに、先生の説明を聞いて、突然「これでよかったんだ」と安心することができました。

先生にきちんと説明をしてもらうこと、先生の見解を改めて示してもらうことは、とても大事でした。

夕方から夜

硬膜外麻酔は夕方に残量がなくなったようでした。

効き目が切れてくると右足は動かしやすくなりましたが、左脚の痛みがとても心配でした。

痛みを事前に察知するのは難しく、
「あれ、痛むかも」
と気づいた時にはもう顔が歪むほど痛くて身動きが取れません。
そこで看護師さんを呼び、点滴を始めてもらっても、効き目が出るまでの時間がつらかったです。

尿管を外すかどうか聞かれましたが、何度もお手洗いに行くのはまだ大変だと思ったのでまだつけておいてもらいました。
食事は取っているのに、まだ便意はなく、もし便意がきたらトイレに行くのがとても不安でした。
便意を感じることができるのかどうかも、よくわかりませんでした。

夜は何度も目覚め、痛み止めの点滴をしてもらいながら寝ました。

かかとがベッドに当たり続けて痛みがあり、くるぶしのあたりにタオルを挟んで、かかとを浮かせるようにしました。

アイシングに使っている氷嚢は、押さえていないと膝から滑り落ちてしまうので、タオルで足に巻いたりしました。

そういうことを考えて自分で対策できているのは少し余裕が出てきたということなのかな、と小さな変化に気づきました。

痛みを薬でコントロールしたときに、どのくらいの状態を保てるのかも、なんとなくわかってきた気がしました。

翌日は両親が面会に来たいと言っていましたが、それは断ることにしました。

善意をありがたいと思えるような余裕は、まだありませんでした。
「大丈夫だよ」
「リハビリ頑張るね」
そんな言葉も、まだ言えそうにありませんでした。

ただ、この日の終わりには、

「やらなければよかった」

という気持ちから、

「やっちまったんだから、もう頑張るしかねぇ」

に変わっていました。

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